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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)55号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の被控訴人林田悠紀夫に対する予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決主文第一項及び第三項を取り消す。

2  原判決第一項中、被控訴人松尾賢一郎、同稲田達夫、同野中廣務、同荒巻禎一に関する部分を原審に差し戻す。

3  被控訴人林田悠紀夫は、訴外京都府に対し金七九九二万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被控訴人林田悠紀夫は、訴外京都府に対し金四八八万六九五円及びこれに対する昭和六三年三月二二日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  3につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示欄の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

なお、控訴人は当審において、原判決記載の控訴人の請求の趣旨(二)(三)の各請求に関する訴えを取り下げた。

(原判決の訂正)

1  原判決四枚目裏六行目の「昭和六一年末」を「昭和六一年四月三〇日」と、七行目の「八七九二万〇八〇〇円」を「七九九二万八〇〇〇円」と改める。

2  同五枚目裏二行目の「については」の次に「右七条の制定と維持に積極的に加功したものであるから、」を加える。

3  同六枚目裏末行目の「とともに、」から同七枚目表二行目の「求める」までを削除する。

(控訴人の当審における主張)

1  原判決には、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」の解釈を誤った違法がある。

(一) 退職手当条例七条は、京都府の元知事亡蜷川虎三が京都府会の全議員を欺罔してこれを成立させ、同議会がこれを昭和六三年三月二一日まで維持しつづけたものであるところ、被控訴人らは右七条の改正手続を容易に執ることが出来たにもかかわらず、これを執らずに右無効な条例に基づいて右退職金の支給をしたとの特別事情がある。そして、昭和六二年四月の本件監査請求において控訴人が初めて右違法無効を主張したものであり、控訴人も極貧生活の中で争訟をしていたという特段の事情のために右違法無効に気がつかなかった。

(二) 控訴人は退職手当条例七条が昭和三一年制定のまま昭和六二年三月においても維持されていることを知りえたけれども、被控訴人らに対する退職手当の額については知ることが出来ないまま、昭和六二年四月一四日付京都府職員措置請求書をその翌日提出して京都府監査委員に監査請求したものである。したがって、最高裁昭和六三年四月二二日判決(昭和六二年 第七六号事件)の事案と対比すると、右別件における大崎議員の町議会での質問の時点と本件監査請求提起の時点とが対応するが、右別件の監査請求の時点と本件の監査請求の時点とは「正当な理由」の存否について考える限り対応しない。

2  原判決には弁論主義違反の違法がある。

原判決は、本件退職金の支給が殊更隠蔽されたものでないこと、及び京都府が本件退職金を予算に計上したことを認定し、控訴人が昭和五三年四月当時既に退職手当条例七条の違法無効の事実を知っていたことを前提とするが、被控訴人はこれらにつき何らの主張をしていない。

仮にそうでないとしても、右予算計上については何ら証拠はないし、被控訴人らは本件退職金の支給、特にその額を殊更隠蔽したものである。

3  改正給付条例付則一〇項の遡及適用は違法である。

(一) 原判決理由一の(二)の4のうちの「なお、右付則一〇項の遡及適用については公金支出による住民の一般的利益の侵害の問題が生ずるが、給与条例主義をとる地方自治法の下で納税者である住民の一般的利益は、住民の代表者である議会が給与条例の制定を通じてコントロールすることにより保障されているところ、前示乙第四号証、弁論の全趣旨によると、改正給付条例は京都府特別職報酬等審議会の答申に基づき府議会で可決成立したものであるから、右の一般的利益をもって右付則一〇項の効力を否定すべき根拠とすることはできない。」との説示は、原判決の理由の(二)の3のうちの「右規定所定の法律又は条例上の根拠を欠く場合に、その支給について予算措置がなされ、その点につき議会の決議があった場合でもその違法性が治癒されるものではなく、それが違法無効であることに変わりはないというべきである。」との説示と矛盾するところ、後者は法規の正しい解釈であるから、前者は法規の解釈と誤ったものである。したがって、原判決には理由齟齬の違法がある。

(二) 原判決の「改正給与条例付則一〇項の遡及適用は適法である。」との判断は誤りである。即ち、原判決はその説示の根拠として、最高裁昭和三三年四月二五日判決民集一二巻六号九一二頁、同昭和五三年七月一二日判決民集三二巻五号九四六項を援用するが、給与規定の遡及適用に関する山口地裁昭和六三年三月三一日判決(判例時報一二九三号八九頁)の事案は、被傭者たる一般職の公務員に関するものであるのに対し、本件事案は知事等理事者に関するものであって両者は全く異質であるから、原判決は敢えて右最高裁の判例を援用したものであるところ、右判例は我国年来の農地制度に関する国策に沿っての法律の適用に関するものであるのに対し、付則一〇項の遡及適用は地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二の規定に敢えて反して同年九月に制定公布施行された退職手当条例七条の規定そのものを昭和五三年四月一五日に遡って条例によって実質的に有効とするものであり、右判例の趣旨と本件付則一〇項の遡及適用とは矛盾し原判決の説示を根拠づけるものではない。

(三) 被控訴人らが、退職手当条例七条の維持に積極的に加功し続けたのであるから、被控訴人らは退職手当を合法的手段によっては受領しないとの意思を表示し続けたのであり、京都府議会は被控訴人らに対し合法的手段によっては退職手当を支給しないとの意思を明確に表明し続けていた。従って、昭和三一年九月一六日より同六三年三月二一日までは、京都府は被控訴人らに対し退職手当を支給すべき何らの債務もなかったのであるから、付則一〇項の遡及的適用は京都府民全体に対し遡及的に債務を負わせ、その既得権を奪い不利益を課すものである。

(四) 京都府の教職員については、違法無効な退職手当条例二条一項三号の為に、昭和四一年三月三一日現在、本来当然に受給すべき退職手当を受給できずに損害を被っているのに対し、被控訴人らは、違法無効な退職手当条例七条に基づいては本来受給できない筈の退職手当を自己の知事等の地位を利用して敢えて受給している。このような被控訴人らが付則一〇項の遡及適用により退職手当の返還を拒否できるとすることは、公序良俗に反し公益性を欠くものである。

4  仮に、改正給付条例の昭和五三年四月一五日からの遡及適用が有効であるとしても、同条例に基づき退職手当を現実に支給できるのはあくまでも同条例施行後であって、同条例施行により既に現実に違法に退職手当を支給してしまったこと自体を追認しその違法性が治癒されたものと解すべき根拠はない。したがって、被控訴人林田は京都府に対し、本件退職手当を違法と知りながら既に受給してしまったことにより京都府が被った損害を賠償する責任がある。

しかして、右損害額は右受給の日より改正給与条例の公布施行の前日である昭和六三年三月二一日までの運用利息相当額と認めるべく、その利率は年五パーセントと認定するのが相当であるところ、同被控訴人の受給日は遅くとも昭和六一年四月三〇日であって施行前日までは一年一〇月二一日以上の期間があったからその損害額は次に計算される額を下回ることはない。

7992万8000円×0.05×(1+10/12+21/365)=399万6400円+66万0666円+22万9929円=488万6995円

したがって、同被控訴人は、改正給与条例施行当日において金四八八万六九九五円の損害賠償義務がある。

よって、控訴人は同被控訴人に対し、予備的に訴外京都府に対し金四八八万六九九五円及びこれに対する昭和六三年三月二二日から右支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(被控訴人らの当審における主張)

控訴人の前記主張はいずれも争う。

第三 証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する不当利得、被控訴人松尾、同稲田に対する不法行為による金員支払いの各代位請求のうち、被控訴人松尾、同稲田、同野中、同荒巻に対する訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、被控訴人林田に対する主位的請求並びに当審における予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか原判決理由欄に判示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の当審主張に対する判断)

1  地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」の存否について

(一) 控訴人は、原判決が控訴人が昭和五三年四月当時既に退職手当条例七条の違法無効の事実を知っていたことを前提として右正当な理由の存否を判断していると主張するが、原判決はこの点については、法令の違法無効の判断の難易をもってここにいう正当な理由を判断することはできないと判示しているのみであり、控訴人の右事実の知悉の有無を前提として判示しているものではないから、右事実を前提とする控訴人の主張はいずれも理由がない。

(二) 控訴人は、被控訴人らに対する退職手当の額について知ることができなかった旨主張するが、甲第一号証、第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人らの退職手当の正確な額を知らなくても大体の額を知っていたものと認められるし、仮にそうでないとしても、右事実は控訴人が被控訴人らに対する退職手当の支給の存在自体を知りうべきであったと認定することの妨げとなるものではない。

(三) 控訴人は、本件退職手当の支給が殊更隠蔽されたとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(四) 控訴人は、原判決が正当な理由の判断に際し京都府が本件退職手当を予算に計上したことを認定したのは弁論主義に反する旨主張するが、被控訴人らは右主張をしており(原判決八枚目表九行目)、又、右事実は弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。

(五) 右の次第で、控訴人には右「正当な理由」はないものというべきであるから、控訴人の主張は採用することができない。

2  付則一〇項の遡及適用の適否について

(一) 控訴人は、原判決に理由齟齬がある旨主張するが、その指摘にかかる説示の一方は法律又は条例上の根拠のない場合であり、他方は適正な手続によって条例が成立し当該条例による根拠ができた場合の説示であるから、双方が矛盾するものではない。

(二) 控訴人は、付則一〇項の遡及適用は地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二に違反する旨主張するが、改正給与条例が適正な手続によって可決成立しこれによって本件退職手当の支給に根拠が与えられた以上、右支給が右各法条に違反するものではない(同旨、大阪高判昭五七・八・二〇行集三三・八・一六八五)。又、右遡及適用は行政法規不遡及の原則に照らし許されないとも主張するが、右条例の遡及適用の条項が地方自治法その他の法令に違反することを認めるに足りる証拠はない。なお、原判決が最高裁の判例二例を参照判例として挙げたことは行政法規が一定の条件の下で遡及適用が許されるとの一般原則の説明のためであり不適切ではない。

(三) 控訴人は、京都府は被控訴人らに対し退職手当を支給すべき何らの債務もなかった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、付則一〇項の遡及適用は京都府民の既得権を奪い不利益を課すものではない。又、これが公序良俗に反し公益性を欠くと認めるに足りる事情は証拠上認められない。

3  そこで控訴人の被控訴人林田に対する予備的請求について判断するに、控訴人は改正給与条例成立前の右林田に対する退職手当の支給が違法である旨主張するが、そのように解すべき法令上の根拠はなく、右条例付則一〇項によれば、「昭和五三年四月一五日以降において退職手当条例七条の規定により支給された退職手当は右改正給与条例第六条及び第七条の規定により支給されたものとみなす」旨明記されているから、これにより本件退職手当の支給も法令上の根拠を有し遡及的に適法な支給となったものというべきである。この点につき控訴人が挙示する山口地裁の判決例は本件と事案を異にするのみならず、その説示は本件に適切ではない。したがって、控訴人の本件予備的請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  以上の次第で、控訴人の右主張はいずれも理由がなく採用することができない。

二  してみれば、これと同旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における被控訴人林田に対する予備的請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 久末洋三 裁判官 稲田龍樹)

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